「わたしの青春、台湾」傅楡監督自身のドキュメンタリー

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傅楡(フー・ユー)プロフィール

第55回金馬奨最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞作『私たちの青春、台湾(原題・我們的青春,台灣)』監督。
現在、インディペンデント・ドキュメンタリー映画制作に携わり、主に台湾の若者たちの台湾政治や社会に対する価値観や態度をテーマとし、注目している。
短編ドキュメンタリー映画『完美墜地(A Perfect Crash)』で、2016年香港華語紀録片節(中国語ドキュメンタリー映画フェスティバル)短編部門最優秀賞を受賞。2018年には、長編ドキュメンタリー映画『私たちの青春、台湾』で、金馬奨及び台北映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞。

「わたしの青春、台湾」傅楡(語り)、陳令洋(筆記・構成),五月書房新社,P293,略歴より
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わたしの青春、台湾

台湾が抱える社会的問題を、ドキュメンタリー映画という方法で表現してきた傅楡監督が自ら語る青春の自分史

傅楡の父親はマレーシア出身の華僑で、母親は9歳から台湾で育ったインドネシア出身の華僑。傅楡は1982年台湾で生まれたが、小さい頃から微妙なアイデンティティが彼女を苦しめていた。中国語(北京語)で育った彼女は台湾語が分からないので、小学校の頃仲の良かったグループの友達が台湾語で自分を排除するということを経験する。

厳戒令が解除(1987年)され、政党結成禁止が解除(1989年)されると、台湾社会は国民党支持者と民進党支持者で大きく対立することになる。

国民党支持の両親のものとに育った傅楡は、無意識のままに「なんとなく国民党支持者」だったが、社会にはそうでない人が沢山いることに気づき、自分の政治的無知に向き合う。

当時民進党支持者が国民党側を非難する際に用いられていた「外省人批判」について、「自分は外省人ではないが、(直接自分たちに向けられていない言葉に)自分(達)が阻害されていると感じた」と傅楡は語る。本省人でも外省人でも原住民でもない私。でも台湾人である私。

台湾の民主化の道のりは、台湾人のアイデンティティの問題と常に同居していた。

政治を扱うドキュメンタリーを撮ることにした彼女は、「国民党・民進党」政治をテーマに設定した。

国民党支持の傅楡の両親と民進党支持の友人の両親にそれぞれ別に意見を述べてもらい、相互にお互いの意見を聞いてもらうという形式で撮影が行われた。傅楡はこれを通じて、「青と緑」(青は国民党・緑は民進党のカラー)という典型的な両者が対話を通じて相互理解と信頼関係を得られると期待していた。

しかし、結果はそうはいかなかった、はじめはお互いの境遇を知って理解しあえたかと思える段階があったが、最終的には喧嘩別れになったのだ。

当初の目論見が外れてしまった傅楡だが、このことで「わたしは、独立して政治というものを思考できる一個人になったのだ。」と述べている。

 

次に制作した「青と緑の対話実験室」では、それぞれ政治的意見が異なる学生同士の討論という形をとった。

ここでの狙いも対話による相互理解・信頼関係であったが、今回は学生達がそれほど深く政治的意見や知識を持っていないこともあって、これもまた上手くいかなかった。
しかし、今回は別のことが見えてきた。

前回の親世代の対話では、典型的なステレオタイプの「青と緑」の対立が浮き彫りになったが、若い学生たちは単純に「青・緑」に区別することができなかったのだ。
両親とは異なる政党を支持する者、ガッツリ民進党指示派のもの、二大政党とは別の小政党を支持する者、政党支持はなく知識人だけが発言権を握って一般人が意見を言うチャンスがないという反感を述べる者などである。

彼らは多様な意見を持ち、それぞれの主張は異なったが、対話は継続された(継続できた)。
これは、前回の親世代との大きな違いだった。
このことを学者の郭力昕は、「この世代の若者たちの中に、一定の可能性が存在していることを示したと言える。」と語っている。

 

傅楡は、こうした撮影活動を通じて、学生運動に参加する陳為廷、蔡博芸と出会う。

陳為廷は、学生運動に身を投じる学生で、後に「ひまわり学生運動(太陽花学生運動)」の中心人物となる。
蔡博芸は、中国からの留学生でありながら、台湾の学生運動に加わる人気ブロガー。

二人に「何か」を感じた傅楡は、彼・彼女を映像に収め続けた。二人を追って中国・香港にも足を運んだ。そこには常に「民主」「自由」「人権」というテーマが付いて回った。

2014年3月18日、それは始まった。

台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の批准に向けた審議を国民党側が一方的に打ち切ったことに端を発して、サービス貿易協定に反対するデモ活動が行われ、同日午後9時過ぎ、300名超の学生達が立法院議場内に進入したのだ。

傅楡は陳為廷を継続して追っていたにも関わらず、まさか立法院に突入できるとは思わず、そこに立ち会うことができなかった。

映画「私たちの青春、台湾」では二人が直面した状況だけが扱われていたが、23日間もの立法院占拠では、学生たちの間でも様々な葛藤や軋轢、主導権争い、発言機会に対する不満などがあった。本書では、傅楡が見たそれらのことが沢山記されている。

これだけの大人数が集まると、様々な役割分担、連絡系統、意思決定が必要になってくる。

ここが「民主主義」の難しいところだが、効率よく何か運営しようとするほど、意思決定者を限定する必要がある。しかしそうすると、意思決定に参加できない者から不満が出て、一致団結しずらくなっていく。
まさに学生運動内部の推移が、民主主義の縮図のように露にされていく様子を、傅楡は内部から捉えていた。

 

話を蔡博芸に移すと、彼女もひまわり運動に参加してはいたが、主要メンバーではなかった。彼女は、ひまわり運動の中で発せられる「反中国」にひどくこころを痛めていた。

蔡博芸が自身の大学の学生会会長選挙に出たことがあった、その際彼女が中国籍であることを理由に妨害にあった。それはこの選挙に関わらず、台湾社会でよくある現象の一つだったかもしれない。

熱心に魅力的な二人を追いかけてきた傅楡だったが、このドキュメンタリーのエンディングは傅楡が思うようなものにはならなかった。

ドキュメンタリーのラストを絞められない状況に、傅楡が涙する。言葉にならない嗚咽がこの映画に第三のストーリーを加えた。それは、傅楡自身のストーリーであって、台湾の多くの若者が共有する嗚咽であった

ドキュメンタリー映画 「わたしたちの青春、台湾」
監督:傅楡
出演:陳為廷、蔡博芸
台湾ひまわり運動のリーダー、人気ブロガーの中国人留学生、そしてドキュメンタリー映画の監督の私が、台湾、香港、中国でみつけた”私たち”の未来への記録
台湾デジタル担当大臣オードリー・タン推奨!

ひまわり学生運動

Photo:Artemas Liu, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons

2014年3月18日に、台湾の学生と市民らが立法院(国会)を占拠した学生運動。

台中間のサービス分野の市場開放を目指す「サービス貿易協定」の批准に向けた審議を国民党側が一方的に打ち切ったことに端を発して、サービス貿易協定に反対するデモ活動が行われ、同日午後9時過ぎ、300名超の学生達が立法院議場内に進入した。

「サービス貿易協定」が批准されると、中国との貿易が自由化(中国側が金融や医療など80分野を、台湾側が運輸や美容など64分野を開放)され、中国企業の台湾進出による中小企業の倒産や、台湾からの企業・人材流出、言論や情報の安全性が脅かされるなどの懸念から、多くの台湾市民が反対した。

一時、馬英九総統が学生との話し合いを提案するも、学生側が非公開の開催方法に反対し実現せず長期化する。(馬英九が学生との直接交渉を拒否したとの見方もある)

このとき野党民進党などもデモに参加し、学生のみならず11万人以上とも言われる多くの市民が活動に参加した。

立法院の王金平院長は学生側の要求に対して、「両岸協議監督条例」が法制化されるまでサービス貿易協定の審議を行わないと表明したことにより、学生側は議場からの退去を発表。

4月10日まで続いた運動は、その後の社会に大きな影響を与えた。

香港の雨傘運動もひまわり学生運動に影響を受けていると言われている。

用語説明

本省人・外省人

「外省人」とは、戦後、国民党政権とともに台湾に渡ってきた人とその子孫。
「本省人」とは、中華民国(国民党政権)が統治する前から台湾に住んでいた人。
ただし、台湾人がこの二つに綺麗に分かれるわけでなく、中国以外の移民など単純に族群を分けられない(分け方によって多数の族群がある)という課題がある。

国民党(中国国民党)・民進党(民主進歩党)

「国民党」は戦後中国から渡ってきた蒋介石率いる中国国民党のこと。長年台湾において一党独裁体制を敷いていた政党で、現在も台湾の二大政党の一つ。
「民進党」は国民党に対抗する人たちが集まったいわゆる「党外」勢力が結成した政党。台湾の二大政党の一つで、2023年1月現在民主党が政権与党である。

 

台湾と真の友人となるために

この本は台湾の歴史を勉強しているときに、検索していて偶然目に留まった。

ちょうど李登輝氏の過去の発言を読んでいた時で、「台湾のアイデンティティの追求」という言葉と頭の中でリンクして購入したのがキッカケだった。

多くの台湾に関する”日本の”本を読んでいると、長年の国民党による圧政から解放され、民主化された台湾ハッピー(チャンチャン)というストーリーが定番だ。
あとは、国民党の悪事を追求するか、李登輝前総統の業績を称えるか、はたまたその李登輝前総統が日本を褒め・励ます発言を喜ぶ内容が大多数で、いずれも日本から見た台湾であった。

私は以前から日本国内のマスコミが媚中的であると感じていたが、それは日中記者交換協定によるジャーナリズムの放棄からきていると知ってから「なるほど金で釣られて魂売ったか…」と思った部分もあったが、一方で台湾を悪く言うメディアも書籍もないと同時に感じていた。

私自身は大の親台湾なのだが、一応少しは客観的にそう思っていた。また、それが大きな問題だとは思ってもいなかった。

しかし、今回「わたしの青春、台湾」を読んで、それは大きな間違いであったと考え直した。

お互いの良いとこだけを誉め合っているだけでは、社交辞令となんら変わりはなく、「真の友人同士の態度ではない」と考えるに至った。

真の友人は、もちろん親しい間柄ではあるが、時に他人がわざわざ言わない苦言を呈したり、時には悩みを聞いてくれる存在だとするならば、私たちは彼らの悩みを理解する必要があるのではないだろうか。

日本ではあまり報道されないので話題にならないが、日本と台湾の間でも係争事案は沢山存在する。

魚釣島の領有権は台湾も主張しているし、沖ノ鳥島(台湾は島とは言っておらず沖ノ鳥礁という)周辺での漁業権でも争いがある。はたまた航空識別圏でもお互いの主張は異なるなど、中国や韓国と同じような対立も存在している。

断っておくが、これは台湾を非難したいために言っているのではなく、そういうことを日本人はあまりにも知らなすぎすぎるということを言いたいために敢えて取り上げている。かく言う私も最近まで知らなかったので、上から物を言うつもりは毛頭なく、自省を含めた思いだ。

つまり何を言いたいかというと、日本人は身近な友人のことを何も知ろうとしていないのではないか?ということだ。

これでは真の友情は成立しないと感じる。

台湾の悩みを理解する

傅楡監督の父はマレーシア華僑、母はインドネシア華僑である。

台湾の本省人・外省人の問題は私も知っていたし、実際台湾に行った時にも現地の人が(政治的な話ではなく)「私は本省人で彼女は外省人」と話してくれたことがあった。

日本ではこの二つの属性については良く知られていて、御多分に漏れず私もこの二つだけ・・を認識していた。

傅楡監督は自分がこのどちらにも属さないという感覚を持っていて、これが彼女の政治に対する興味や向き合い方に影響を与えたと思う。

さらに、本省人でも原住民にルーツがある人、その昔中国大陸から渡ってきた人がいるし、原住民は多くの族群があって、中国から渡ってきた人もその出身によって言葉や習慣が異なるという。(参考:台湾の原住民族文化,台北駐日経済文化代表処)

このように、台湾では多様なエスニック・グループが暮らしていて、容易に一塊にしてはいけない現状があるということを認識させられた。

つぎに、国民党・民進党の二大政党について、それぞれを簡単に説明しようとすると、どうしても「国民党=統一派」「民進党=独立派」となってしまうが、これも誤解を生む原因なのだろう。
もちろん、少ない文字数で辞書的に説明するとどうしてもそうなってしまうのは仕方がないことは、私も理解しているし、私が書いてもそうせざるを得ない。

しかし、この本を読むと分かるように、国民党の中には、「中国による統一」「中華民国による統一」「中国と友好的な現状維持」「中立的な現状維持」など、その温度感は様々だ。
民進党も同様に、「台湾独立」、「自律的現状維持」というように、こちらもグラデーションがある。

これを見て感じるのは、「中国との距離感」が台湾人の政治的スタンスに大きく影響を与えているということではないだろうか。傅楡監督の言葉では「中国ファクター」だ。

Artemas Liu, CC BY 2.0 https://creativecommons.org/licenses/by/2.0, via Wikimedia Commons

彼女は社会運動や学生運動を見ると、「対象となる問題」と「中国ファクター」が混同されているという。もちろん両方の要因が含まれている問題では、どちらも正しいことは認めながらも、「問題」をフォーカスするグループ、「反中国」にフォーカスするグループが分裂する原因が、常に背後にある「中国ファクター」だと言っている。 

台湾における「多様なアイデンティティ」と「多様な政治スタンス」が、台湾の特徴であると同時に大きな悩みなのではないだろうか。

日本人にはピンときにくいアイデンティティ問題に対しては、やはりしっかりと理解しようとする姿勢が求められる。

彼らの悩みがこれだけだとは決して考えないが、一つ一つ理解していくことで、台湾にも日本の悩みを理解してもらい、真の友情となるように努めていきたいと思う。

こんな人におすすめ

日本に一番近いのに、意外と日本人が知らない台湾。

友人を理解するには友人の悩みを知ることが大切だと思うが、本書はまさに台湾人(特に現代の若者たち)の内面を理解できる一冊であった。

もちろん、この本に書かれていることだけが全てでは無いことは分かっているが、これまで知らなかった悩みを打ち明けられた気持ちになる一冊であることに間違いはない。

傅楡は「本書を読んでくれた人がより多くの時間をかけて、自身の直面する政治の歴程や、自身の生まれ育ったこの土地との関連を考察するようになってくれることを、心から願う。これこそ、わたしが本書に対して抱く最大の希望である。」と、読者へ語りかけている。

こんな人におすすめ
  • 台湾に関心がある人
  • 台湾をより深く理解したい人
  • 学生運動に参加する台湾の若者たちのリアルを理解したい
  • 自分の国の政治や歴史に興味がある人

今回は「わたしの青春、台湾」傅楡(語り)、陳令洋(筆記・構成)をご紹介しました。

興味のある方は是非読んでみてください。

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映画監督・傅楡、そして台湾の、等身大の物語
本書では、葛藤、挫折を繰り返しながら成長する、台湾の民主化の歩みと傅楡自身の人生を振り返る。彼女は「この本を読んでくれた人が、自国の政治、歴史などについて考えてくれる、一助となる事を心より願う。これこそが、わたしが本書に対して抱く最大の希望である」と、読者へ語りかける。

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